五右衛門風呂は、なぜ「五右衛門」なのか?

ルーツ

​「五右衛門風呂」と聞いて、あなたはどんなイメージを抱きますか? 薪をくべて、底の鉄釜を直火で温める、昔ながらのお風呂。素朴で風情があり、一度は入ってみたいと憧れる人も多いでしょう。しかし、そのユニークな名前が、安土桃山時代の大泥棒、石川五右衛門の処刑方法に由来するという雑学をご存知でしょうか?

​盗賊・石川五右衛門と「釜茹での刑」

​五右衛門風呂の名前の由来は、時の為政者であった豊臣秀吉の命により捕らえられた石川五右衛門が、京都の三条河原で「釜茹での刑」に処されたという俗説にあります。

​釜茹での刑とは、大きな鉄釜で煮沸された湯、あるいは油で罪人を処刑する極刑です。五右衛門は、その熱さに耐えながら、最期まで愛する我が子の命を守ろうと頭上に抱え上げたという悲話も伝わっています(ただし、史実としての確証はなく、処刑方法には諸説あります)。

​この壮絶な処刑の逸話が庶民の間に広がる中で、直火で釜を温める形式のお風呂が、その「釜」を連想させることから「五右衛門風呂」と呼ばれるようになったと考えられています。庶民の生活と歴史的な物語が結びついた、興味深いネーミングの経緯ですね。

​五右衛門風呂の仕組みと特徴

​五右衛門風呂は、浴槽の底が鉄でできており、その下にカマドを築いて薪などの燃料で直接加熱する直火式の風呂です。

​この直火式のため、底の鉄板は非常に高温になります。そのため、入浴する際には、直接底に触れて火傷しないように、木製の底板(踏み板)を沈めてから入るのが特徴です。この「踏み板を沈めて入る」という入浴スタイルも、浴槽の底が釜である五右衛門風呂ならではの作法です。

​ガスや電気が普及する以前、特に薪が入手しやすい地方などでは、手軽に湯を沸かせる方法として、五右衛門風呂は広く使われていました。

​まとめ:歴史と文化を映す風呂

​五右衛門風呂の名前は、単なる機能を表すだけでなく、日本の歴史や庶民文化、そして大盗賊の物語を背景に持つ、実に奥深いものです。

​入浴文化の進化と共に、現在ではその姿を見る機会は少なくなりましたが、五右衛門風呂は、昔ながらのエコな入浴法として、また歴史的なロマンを感じさせる存在として、今もなお多くの人々に愛されています。

​もし機会があれば、この歴史的背景を思い浮かべながら、ゆったりとした五右衛門風呂の湯船に浸かってみてはいかがでしょうか。その温もりは、きっと格別なものに感じるはずです。

ちなみに、五右衛門風呂とよく似たお風呂に「長州風呂」がありますが、これは浴槽全体が鉄製であるなど、構造に若干の違いがあります。現在では、鉄釜を直火で温める形式のお風呂を広く「五右衛門風呂」と呼ぶのが一般的です。

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