「吾輩は猫である」「坊っちゃん」「こころ」など、数々の名作を生み出した国民的大文豪、夏目漱石。彼の文学の偉大さは誰もが認めるところですが、その天才の源とも言えるものが、現代にもひっそりと残されているのをご存知でしょうか?
実は、漱石の「脳」が、亡くなった当時そのままの姿で東京大学医学部にエタノール漬けで保管されているという、なんとも衝撃的な事実があるのです。
なぜ、漱石の脳は保管されたのか?
漱石は1916年(大正5年)、49歳で亡くなります。死因は、長く患っていた胃潰瘍でした。
当時の東京帝国大学医学部解剖室にて、病理解剖が行われた際、彼の脳と胃が学術研究のために寄贈されることになりました。これは、明治・大正の著名人や偉人の脳を解剖し、その特徴を調べるという研究が当時盛んに行われていた背景があります。
特に、漱石ほどの稀代の天才の脳は、当時の医学・脳科学において非常に貴重な標本とされたのです。解剖を担当した病理学者・長與又郎(ながよまたろう)の判断と、遺族の意向もあってのことでした。
天才の脳の重さは?
保管されている漱石の脳の重さは、1,425グラムと記録されています。これは、当時の日本人男性の平均的な脳の重さよりもやや重い部類に入ります。
もちろん、脳の重さや大きさだけで知性が決まるわけではありませんが、この数字もまた、漱石という偉大な知性の片鱗を示す一つのデータとして語り継がれています。
エタノール漬けで未来へ—漱石の脳標本が持つ意味
現在も、漱石の脳は大学の研究室で大切に保管されています。なぜホルマリンではなくエタノールなのかというと、当時はホルマリンの使用が限定的だったことや、エタノールが高い防腐効果を持つことから採用されたと考えられています。
現代の脳科学では、MRIなどの高度な画像診断によって生きたままの脳を研究できますが、生前の病理学的変化や組織の構造を直接調べるには、実物標本が今なお重要な役割を果たします。
漱石の脳標本は、単なる好奇の対象ではありません。それは、彼が作品を通じて切り開いた人間の精神世界と、彼の身に起こった病理現象を、物理的な実体として現代に伝える貴重な科学的・歴史的遺産なのです。
偉大な文豪の思想の源が、今もひっそりと東大の一室に眠っている——。このロマンと知的好奇心を満たす事実は、私たちに、文学と科学、そして人間の存在について、深く考えさせてくれるのではないでしょうか。
いつか、この標本が最新の科学技術によって再び研究される日が来るかもしれません。その時、漱石の脳は私たちに、どんな新たな真実を語りかけてくれるのでしょうか。


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