世界一清潔だった、江戸の町の「リサイクル法」

ルーツ

百万人都市、江戸が世界一清潔だったってご存知ですか?それには、あるリサイクルが完成していたからなんです。

人口が百万人もいれば、大きな問題になるのが「し尿」です。今のように、下水処理場もない時代、百万人ものし尿が問題にならないはずがないと思いがちですが、これが見事にリサイクルとして完成されていたんですね。

今のように化学肥料などない江戸時代、農家にとって一番の肥料は下肥(し尿)でした。これを農家が買い取り、その下肥で育てた新鮮な野菜を都市に供給するというリサイクルが、立派に完成していたわけです。

江戸時代には、下肥を集めるための肥桶(こえおけ)が発明され、人口百万人の江戸へは、下肥を買う農民が、今の千葉県や埼玉県から荷車に肥桶と野菜を山のように積んで出かけて行きました。

畑から収穫したダイコンの売り上げのうち、40%近い額が肥料代として使われていたそうです。

このため、江戸の町はし尿で汚されることなく、清潔を保てたのです。し尿はむしろ、お宝として貴重な町の収入源でした。

長屋の雪隠(共同便所)は、大家さんの貴重な収入源になったので、雪隠は外でやらず、帰って来てからやるようにと店子に注意していたほどです。

このようなシステムは、戦後まで続き、物資不足に悩まされていた家々は、し尿と引き換えに、立派に育ったダイコンを、汲み取り代としていただいていたのです。

ヨーロッパなどでは、町中にし尿が捨てられていたなんてことを考えると、江戸の町はすごく進んでいたんだなぁと思いますね。



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